nostalgic 西洋文化に感じるノスタルジック
ノスタルジーとレミニセンス
カタカナで古いものを表す言葉には色々なものがあります。
例えば、流行にとらわれない古典的なものはクラシック(classic)。
ヴィンテージ(vintage)は時間と共に熟成した質の良いワインを語源に持ち、まさに「味の出た」時計や家具を呼ぶ時に使われます。
レトロ(retro)は、懐古趣味という意味で、古き良きものを懐かしむ感覚のこと。
実際には古くなくても昔風なものはレトロ(retro)と呼ばれますが、人によって「昔」は違いますから、いつの時代を指すのかははっきりしていません。
漠然と過去に存在した物やファッションに似ているものを総称することが多いです。
一方で、世界的な基準がはっきりしている呼び方もあります。
アンティーク(antique)は、英国の貴族たちが古代ギリシア・ローマ時代の遺物を貴重だとして、その時代の希少価値のある古美術や古道具をそう呼んでいたのが語源です。
20世紀になってから100年前以上前のものを指して言うようになりました。
これには関税の問題も絡んでいて、アンティークについては税金をかけずに輸出入ができるようにするための措置でした。
ただ時間が経ち、産業革命で大量生産された商品もアンティークの基準に含まれるようになったため、大量生産されたものではなくそのデザインに時代的な特徴を含んでいるものという但し書きも加えられました。
逆に、そうでないものについてはジャンク(junk)と呼ばれていましたが、残念ながら今ではガラクタの意味で使われることもあります。
そういう意味では、先ほどご紹介したヴィンテージは、ワインや古着といった消耗品を指すことが多いので、製造から100年以下のものでもジャンクと呼ばれたりはしません。
しかし、どれもみな時間が運んできてくれた素敵な賜物です。
そんな愛すべき古いものたちを見て、郷愁を感じることや、感じさてくれるものの風情をノスタルジー(nostalgy)と呼びます。
もちろん実際に自分の過去の経験に関わるものからノスタルジーを感じることもありますが、そうでなくても時々昔懐かしい雰囲気に、ふと同じような感覚を抱くこともあると思います。
例えば、100年前の自分の住む町の写真を見た時には、その時代にその場所に居たことはないはずなのに、郷愁を感じることがあります。
恐らくその写真の中には、目には見えない空気だったり、言葉では言い表せない何かが写っているのでしょう。
ノスタルジーと似たような意味で使われるレミニセンス(reminiscence)という言葉があります。
ノスタルジーに比べてあまり聞きなれない言葉ですが、はっきりと覚えていないはずの潜在的な記憶、またはそのことを何かのきっかけで思い出すことをレミニセンスと呼びます。
一般的に人の記憶は時間が経つにつれて忘れられていくものですが、時間が経って脳の中で情報が整理されると、いったん忘れていたとしてもより明確な記憶として思い起こされるようです。
初めて訪れたはずの場所なのに、以前に見たことのある景色だと感じるデジャブ(既視感)とは少し違ったこの感覚は、心理学的な用語としても使われています。
もしかしたら試験勉強で歴史の年号や、英単語を覚なければいけない時に、知らないうちに経験しているかもしれません。
夜中に勉強していてなかなか覚えられなかった方程式が、翌朝起きた時に覚えられていたり、解けなかった問題が簡単に解けたりしたことはないでしょうか。睡眠などで脳を休めることで情報を処理する方法として、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士も活用していたようです。
初めて見るはずの絵や景色を見て、懐かしいと感じる時、普段は意識することのない記憶の底に眠っていた何かを、心が思い出しているのかもしれません。
19世紀のパリはジャポニスムが大ブーム
時には遠い異国フランスの、セピア色の写真にノスタルジーを感じることがあるかもしれません。
もし、それが19世紀パリの風景であれば、やはりそこには郷愁を誘う何かが写っているはずです。
そしてそれは恐らく、19世紀のパリで大きなブームになっていたジャポネズリー(日本趣味)の空気に違いありません。
当時のパリでは、市民革命によって華やかな市民文化の扉が開かれていました。
パリの人々は、新しい時代に相応しい新たな美意識を探して、たどり着いたのが遠く日本のジャポネズリーだったのです。
画家モネやゴッホは、それをジャポニスム(日本主義)にまで磨き上げ、印象派を立ち上げました。
ゴッホは日本の浮世絵に大きな影響を受けた画家の代表格。自画像の背景に浮世絵が飾られている作品も存在しています。
また、モネは、自宅に日本庭園を造り、池には睡蓮を浮かべて、自分の作品の中で最高傑作だと自慢しています。それどころか自分の作品をジャポニスム(日本主義)とまで呼んで、日本の美意識を理解しようとしていました。
ベル・エポック(古き善き時代)
フランスの人々は、産業革命の影響で近代化が進んだ都市パリで、市民社会を謳歌した19世紀末から、第一次世界大戦が始まるまでの華やかな時代をベル・エポック(古き善き時代)と呼んで懐かしみます。
遠く離れた日本でも西洋のノスタルジーを感じるとしたら、それは今から200年前にヨーロッパを席巻したジャポニスムの空気を無意識にに受け取っているのかもしれません。
新しい美術の流れを作った印象派の絵は、その後の画家たちに大きな影響を与え、今でも世界中で人気を博しています。
特に日本での人気は高く、モネ、ルノワールや、後期印象派のセザンヌ、ゴッホ、そしてアール・ヌーボーの画家ロートレックやミュシャ、そしてクリムトの美術展は毎年開催されていますから、特に美術に詳しくない人でも名前を聞いたことがあると思います。 彼らは日本の美意識に影響されたジャポニスムの画家たちです。 彼らの作品の中には、少なからず日本の美意識が含まれているのです。
私たちが意識しているかいないかに関わらず、遠くヨーロッパで描かれた作品に、世界の中で最も日本人が反応しているのは興味深いことだと思います。
当時の画家たちが憧れた日本。
私たちは彼らの作品を通して、普段は何気なく見過ごしている日本の美しさを再発見しているのかもしれません。